何故シューベルトにヴィデオ・クリップが必要か。
Why Schubert needs promotion video? I’ll tell you why. — なぜかフランスでも日本でもほぼ無名、アメリカの21世紀型スター・ピアニスト、シモーヌ・ディナースティンに関する簡単なイントロダクション。
***Mediumポストより転載:全文はこちらをご覧ください!***
アマゾンのCDチャート、といえば(前回のポストW杯で狂喜乱舞のフランス-その時CDチャート1位はコルトレーンだった参照)
こちらはamazon.com、さすがに最高4位だったようだが、総合チャート(cbsnews.com)、クラシック・チャートではビルボードで堂々第1位を獲得した2007年のデビュー盤以来、アメリカでは新時代のスター・ピアニストとなったシモーヌ・ディナースティン Simone Dinnerstein 。ラジオで新譜が出ると紹介されていたので、ふとyoutubeもみてみたところ、2011年のアルバム、Something almost being saidのプロモーション・ヴィデオが目を引いた。
これはやはり、クラシック音楽のプロモーション・ヴィデオ、これまでに観た中では——そもそもそう数多くは作られていないにせよ!——最も素晴らしい仕上がり、といえるのではないだろうか:
Simone Dinnerstein - Something almost being said: Music of Bach and Schubert - EPK
…流れているのは、シューベルト。シューベルトの音楽が好きな人は、いまさらプロモーション・ヴィデオなどいらない、と思うかもしれない。しかしこれまであまりシューベルトのピアノ曲に興味がなかった、という人は、この映像をみて、その魅力に気づく、というようなこともあるかもしれない。
周知の逸話ではないか、とも思うが、フランスでも日本でも意外に有名ではないようなので、ディナースティン、そのビルボード1位のデビュー盤というのが自主制作、しかも演目はバッハのゴルトベルクだった、といえば、初耳なら「えーっ!」と驚く人も多いはず。
当然このデビューの経緯はいまや“伝説化”されつつあるが、これにはさらに先立つ伝説がある。そう、もちろんグレン・グールド、55年のデビュー盤だ。LP時代に不可逆的な影響を与えた1枚として、当時を知る人はいまだにその衝撃を語ろうとするし、より若い世代にもグールドを現代のカリズマティックなアイドル、アイコニックな存在と捉える人は少なくないのではないか。
いうまでもなく、このグールドのデビュー盤こそ、当時は地味な作品と思われていたゴルトベルクを颯爽と弾きこなし既成の印象を鮮やかに打ち壊したものだった。以来ゴルトベルクは人気曲になったが、全ての演奏がグールド盤と比べられることにもなり、結局81年にグールドが同曲を再録音して今日に至るまで、商業的な成功を収めたピアニストの中に、ことこの曲、またバッハのピアノ演奏に限っては、グールドの呪縛から逃れ得た者はひとりとしていない、といっても過言ではないだろう。
それだけでも、ゴルトベルクをデビュー盤に(しかも自主制作盤に!)選ばない理由はもう十分以上にある。NYTの当時の記事の書き出しが、そのあたりを巧くまとめている:
“大人になったらピアニストになりたければ、小さい時から始めなくてはいけない。ジュリアード音楽院を中退してはいけない。コンクールで優勝しなくてはいけない。30を過ぎて、マネージャーもいなくて、自分でお金を集めてレコードを録音してはいけない。そして絶対にニューヨークのデビュー・リサイタルのプログラムに、ゴルトベルクを選んではいけない。シモーヌ・ディナースティン、 34歳、彼女はそんなルール・ブックの全てにことごとく反することで、成功を掴んだ。
…まぁ、ざっくり訳、ですが;)
アメリカでは、一度失敗した人が成功を勝ち取る、という*物語*は、無一文から夢を叶えることやサヴァイヴァルなどと並んで、アメリカン・ドリームという社会的な“神話”を維持する上で不可欠なため、一クラシック・ピアニストという以上にディナースティンが特に大歓迎された、という部分はあっただろう。(ちょうど日本のニュースで、本当に*思い*が強かったからこそ、その*思い*が届いて実現が叶った、のかも…みたいなお話が、飽くこともなく日々churn outされているのと同じ、ですね;)
しかし、正確なことはたとえば上述のNYTの記事などを読んでいただくとよいのだが:Simone Dinnerstein—How Do You Move a Career Into High Gear? By Breaking the Rules—The New York Times
4歳の時ピアノを買って欲しいというが、父親は画家で音楽に疎く、代わりにリコーダーを貰い、結局ピアノを始めたのは7歳と、プロになるには致命的に遅く、中学の時ロンドンでいいピアノの先生に出会うが遠くに行くには若すぎると反対され、18で結婚してジュリアード音楽院も中退、コンクールを受けれど通らず、ピアノを教えながら老人ホームや刑務所で演奏し、ついにオーディションに通ってデビュー・リサイタルを開ける話になったのに妊娠に気づいて子育てを選択、そこからグールドの演奏で好きになったゴルトベルクを自分なりに勉強し始め、小学校教師の夫や犬と暮らしながら、出産後、家族や友人からカンパを集め、自費でレコーディング、自主デビュー・コンサート…
彼女の人生の“あらすじ”を、ここでこうざざっとまとめておいたのは、そんな全てが、上のプロモーション・ヴィデオに詰め込まれているから。
最初からもう一度見てみてください。ピアノと息子の笑顔に始まり、画家のお父さんもいる、お母さんもいる、子どもの頃からの写真、夫もいる、家族の歴史があり、笑い声が聞こえ、そして最後に再び、音楽を生み出す彼女のchubbyな両手に帰っていく…
結果的に、たとえパラテクストを知らなくても、十分感動的な映像になっているのではないだろうか。
・ ・ ・
さて、肝心の音楽、だが;)
まずこれまでゴルトベルクをほとんど聴いたことがない、どこかで聴いたことがあるかなぁという程度、という人は、普通にいきなり、その問題のデビュー盤:
Simone Dinnerstein — Goldberg Variation
これを聴いたらいいと思う。
またバッハが大好き、好きな音楽はゴルトベルク!!という人も、じゃあさらにもう1枚どうですか?ということで、素直にこのデビュー盤を真っ先に聴いてみるといいだろう。
しかしあるいは問題なのは、むしろある程度のレフェランスはあるが、バッハ・マニア、ゴルトベルクの大ファン、というわけではない場合。
いきなり「いやー、ゴルトベルクの新しい録音があるんだよ」とかいわれても、やや腰が重いのではないだろうか。だって、何しろゴルトベルク。 *名盤*なら、もういっぱい聴いたよ、というのが率直な心境、だろう。
そこでひとつ提案だが(笑)…
***続きはMediumへ!!***
Simone Dinnerstein — Bach: Inventions & Sinfonias CD | mp3