シャルル・アズナブールがどれほど偉大か、ということは、パリに住まなければ、おそらく一生判らなかっただろう、と思います。 日本では…

zaz


シャルル・アズナブールがどれほど偉大か、ということは、パリに住まなければ、おそらく一生判らなかっただろう、と思います。

日本では、トリュフォーがかっこいい、という世代には有名でしょうが、それ以降の一般的な音楽リスナーには、ほとんど顧みられていないのでは?;)
…それでも、最後となったコンサートは、東京、大阪でのものだったそうですが!

前にも書いたかもしれませんが、僕の場合、フランスの音楽といって、ドビュッシーやフォレは昔から大好きですが、
所謂ヴァリエテ、日本語でいうところの*シャンソン*については、
(フランス語ではシャンソンは歌、「日本のシャンソン」「ビートルズのシャンソン」というのは、フランス語ではもちろんふつう、です!)
まったくなんの関心もありませんでした(笑)

しかし、もう引っ越した最初の年には、このアズナブールという人がもしTVに出ていたら絶対に見なくてはいけない…と思うようになりました;)

もう、本当に、何が起こるかわからない、という感じ、
その当時、TVで見たものがどういうものだったのか、はっきりとは覚えていませんが、例えば、おそらく、このあたり…
まぁ、ちょっと、見てみてください:

Charles Aznavour & Cyril Cinélu - Comme ils disent ( Live at Star Academy 6 - 2006)

…どうでしょう。
アメリカン・アイドル系の、新人発掘番組の本戦ゲスト、だと思いますが、
新人相手に、もう、まったく容赦も呵責もない、手に汗握る、このパフォーマンス(笑)
打ち合わせ済み、のはずですが、オケもついて行くのにやや必死の観が…;)

この曲は特に、フランス語が聞き取れる人が初めて聴くと(レア・ケース、とは思いますが;)
もう、衝撃的、といいますか、'72年の曲のようですが、いま聴いても、え、こんなこと、歌っていいわけ??みたいな、
いや、僕はわが耳というか、自分のフランス語力を、聞き間違えでは…と疑いましたね。。(笑)

今回、改めて検索をしてみると、新しいところだと、Zazとのデュオもありました:

J'aime Paris au mois de mai (en duo avec Charles Aznavour) mp3 prime 無料 | CD

元はダイアン・リーヴスとのデュエットのようです:

Jazznavour mp3 | CD

…他にも皆さん、よくご存知のところなら:

She - Charles Aznavour (Notting Hill).avi
(映画のOSTに使われたのはカヴァー、こちらがオリジナル、です;)

…というわけで、こんなポストでアズナブールの偉大さをお伝えすることは到底不可能、なわけですが(笑)

とりあえず、取り急ぎ、今回のところは、この曲でしみじみお別れしたい、と思います…:

Nous Nous Reverrons Un Jour Ou L'Autre - Aznavour

・ ・ ・

Charles Aznavour

le 22 mai 1924 - le 1er octobre 2018 R.I.P.

さらに聴くなら… アズナヴール・ベスト40 CD

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…あの夏、ベルリン。。
2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

『ベルリン日和』
“A moment.” …それは《気づき》の時。

作品についてのコメントはこちら

SOURCE: http://yuichihiranaka.tumblr.com/post/178664313990

日本の無料BS、dlifeでも放送されている、米TVシリーズ、『スーツ』。 Harveyの辣腕ぶりがどう描かれるか、 Mikeの…

Meghan Markle legs


日本の無料BS、dlifeでも放送されている、米TVシリーズ、『スーツ』。

Harveyの辣腕ぶりがどう描かれるか、
Mikeの弁護士無資格問題をいかに切り抜けて行くか、
といったあたりの関心で、第1、2シーズンを上手く引っ張ったこの作品ですが、
例によって、次々と宿敵を投入して来るものの(笑)さすがにちょっとこの設定でいつまでも、というのでは無理が来たか。。
と思っていたら、第3シーズンでは、いわば友情の話、
仲間、チームワークの話にはっきりシフトしていったように思います。

もちろん、その線は第1シーズンからずっとあったのは確かですが、
ここまで徹底的な嫌われ役、見るもおぞましいくらいの(笑)憎まれ役だった、Louisまでが、
その友情の物語、という枠組みの中で、その分かえって憎めないキャラクターにシフトしている、
当初からここを狙った、とは思いませんが(笑)
いや、鮮やかなものです。

…まぁ、もちろん、HarveyやMikeなんかどうでもいい、
Rachelの脚だけ見れたらいい、という人もいたかも、とは思うのですが。。;)

ご参考までに…

第1話から見たい場合は、こちらでも(プライム無料)…


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2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

『ベルリン日和』
“A moment.” …それは《気づき》の時。

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…ここ数年、わりと好きで見てきたTVシリーズというと、やはりこのThe Good…

















…ここ数年、わりと好きで見てきたTVシリーズというと、やはりこのThe Good Wifeではないか、と思いますw

最初の2シーズンくらいはフランス語吹き替えで見て、
たまに日本に帰る時など、うーむ、いま帰ってしまうと続きが判らなくなる。。
と、後に残すパリの季節とあわせ、妙に残念になっていたシリーズです(笑)

いまは無事アマゾン・プライム・ビデオで続きは英語で見ておりますがw
日本では最初、公共放送という概念を理解していないNHKが1、2シーズンだけ放送し、
視聴率が悪かったのでしょうが、続きは放棄、ということになっていたようですね…。

アメリカでも、フランスでも、なかなかの人気でしたから、予想外でした。

NHKに公共の理念がない、というのは何度でもくり返しますが(笑)
もちろん誹謗中傷ではなく、単なる事実でw
プラクティカルには国営放送なのですから、視聴率など気にせず、
本当に公共的な意義のある番組を制作放送すればいいのですが、
*公共*という概念がなんのことなのかという見識・理解がないため、
判り易い大衆的な人気と公共の概念をはき違え、
とどのつまり視聴率しか定かには見えず、
国民から徴収した巨大な資本で、比較において弱小の民放を蹴散らし
視聴率を集め悦に入っているというw
視聴率のとれるものなら、本来民放で作れるのが道理。
民放には作れない、つまり視聴率・大衆の人気に従っていては作れない、
しかし本当は必要なものを作って行かないなら、
その部分を担わないのなら、そんな「公共」放送に、どんな存在価値があるでしょう?
(反語:いや、ありはしない;)
公共の概念が理解できないから、報道だって、ジャーナリズムどころか、ただただ体制的なメッセージを垂れ流す拡声器。結果ヴァーチャルには大本営(笑)
そもそも批判を受けることを避けようとしながら、ジャーナリズムの責任を果たすことなど不可能なのは自明です。
語学講座だって、昔と違い、その言語を習得できるか、ではなく聴取率をとりテキストを売ることを重視してるから、
現行の講座はいくら聞いても、絶対にその言語自体は身に付かない(笑)
このままだったら、いっそ潰れてほしいですね。。w<NHK

しかし本作が、日本では人気がなかった、といわれれば、
結果論でなら、わりに納得が行くような気もします:

一口にいうとしても、
これは、娼婦と遊んだ亭主に対する個人的な感情と、
社会的な倫理観、弁護士としての世界観、
更には政治的・経済的な打算、母親としての子供への愛着と、
女性としての愛欲etc., etc., のせめぎ合いの物語、であって(笑)
なかなか複雑な内容を持っているのですが。。

個人の自由を互いに否定し合うことで、かろうじて社会の規範を守ろうとしているかの現代日本人にしてみれば(笑)ヒロイン・Aliciaは、
単に逆境を逆手に取って美味しい目をみ、*禁断の*個人の自由を味わう、許しがたい人物、*反社会的*人物でw
感情移入し喜びや苦しみを分かち合うことは難しい主人公、なのかもしれません。。:p

そして感情移入できないともう、どう作品を楽しんでいいか判らない。。というのも、
そこに表現されている客観的な事実を正確に理解することより、
表現の*裏にある表現者の伝えたかった意図*を
*状況証拠*から読み取れ、という
主観性の鍛錬=*オカルト国語教育*によってこじらせられた
現代日本人特有の閉塞状況、なのかも知れません。

…ついでに記しておくなら、
表現の裏には必ず作者の伝えたかった意図がある、
という前提自体がまず、芸術家から見ればおかしくて、
芸術家は表現したいことを表現しているのであり、
表現自体が既に目的であって、
その裏で何かを伝えようとしているわけではありません;)
自分が思ったような表現ができれば幸せで、できなかったらフラストレイテッド。
芸術家、表現者のマインドというのは、ただただ、そういうシンプルなものです;)

さらにここでいまひとつ、くり返し押さえておくべき重要な論点は、
結局現代日本の*国語教育*というものが、文学や言語そのものに対するリテラシー教育
ではなく、発話者の言外の意図を忖度する=*空気*を読む力を育てるという
日本人としてのメンタリティ教育→日本人化教育=国民教育を、
その真の目的としている、とでもいうべきところ、ですw

しかしそんな一面的な*理解*への*強迫観念*/刷り込みを(笑)あっさり放棄して、
そんなところでブロックされることなく、
実際にそこ(作品)に何が表現されているか
ということ自体を虚心・客観的に見て行けば;
作品は、はるかに豊かにさまざまに、楽しむことができるもの;)

たとえばamazonの*レヴュー*には、
第5シーズン第16話=Billの事件以降について、
Aliciaが泣こうが叫ぼうが、まったく空々しくしか見えない、
という主旨のポストも散見されたのですが;)
これは恐らく、
もし実際に自分の身近にAliciaがいたら、*共感*できるか、
友だちになれるのか??
…というような(笑)あくまでも、どこまでも現実、自分の日常に引きつけた理解であって。。
実際には、フィクションは現実とはまた違う:
現実にひたすら引きつけ理解しようとするのではなく、フィクションのレヴェルで受容し、フィクション:虚構として楽しむことこそ、その本来。
…だいたいAliciaなんて、そもそも現実の中にはどこにも存在しない、架空のペルソナージュ(作中人物)なのですから!!(笑)

作品の表現、構成それ自体を虚心に見て行けば、その問題の16話から、続く17話への展開は、正に教科書的といいたいほど;)
Aliciaのブレイクダウンに至るまで、これだけの間合いがとられるということと、そこに至るステップ・バイ・ステップ、
直前のシーンから、すとんとブレイクダウンに落とし込むところなど、もう、これ以上の展開は考えられない
—フランス語ではならéconomie、エコノミー、といいますが…;)

現実に引きつけるのではなく、
*フィクションの中のリアリティ*という、本質的に矛盾したフィクションの価値観に従って見ていくなら;)
文句の付けようもない見事なもので。。
即ちそれが—つまり、その感銘それ自体が、*フィクションのリアリティ*、とでもいうべきものなのです…。

具体的にいいますと、
第17話(A Material World) 25分台からの唯物論者に対するcross(recess前は21分台〜)で、
“But to what end? Why?”(27'51)というAliciaの詰問は、
指摘するまでもなく、Aliciaの自分自身への詰問で、
—だからもう、本当に定石通り、なのですが…;)
Aliciaがもし現実の人間だったら友だちになりたいと思うか、とか、そういう・???・なことでなく(笑)
*物語のエコノミー*として、ここで、
うわぁー、すごいなぁ、巧いなー。。
と、作者に対してBravo!を送れるか否か??
というのが、より本来的な物語の楽しみ方、なわけです。
…だから、物語を楽しむ、というのはスポーツをする時とおなじ:
それを楽しむ人の力量が、じつは常に問われているのです;)

さらにthématique、テーマ論的アプローチになりますがw
同じく5シーズン、21話 28'37からのシークェンス:

“Then what are you worried about? You’re winning. You have a lot of things, Mr. Paisely. Why do you feel so cornered?

という質問には、現代社会の問題の本質が詰まっている、かもしれません:シリア問題、ヨーロッパの難民問題、反アラブ、テロリズム問題から、トランプ〜白人至上主義まで。。
…この件について、残念ながら僕の考えるところは、もはや僕の著作の中にドンピシャでは押さえられていません。強いていえば、旧HPに掲載した「強者の理論」というエッセイが、ややそれにあたるかも。。という程度です。
続く、
“It’s a twelve-year-old’s view of the world, it’s like basing your philosophy on the books of John Grisham!
というラインにも、思わずふき出してしまいますw

第6シーズンも既にだいたい見ましたが…(笑)

S6 #3 22'14からの聖書問答。
今日のトランプ支持の大衆と、ジャーナリストたちの*すれ違い*=Fake news問題についての示唆に富むレファランスにもなっているのでは。。

“So you really believe all this? The Tower of Babel? Noah’s Ark? Everything?
I don’t know if it’s all historically accurate.
But I think it can be true in another way…
…You know, like poetry. It can still be true even if it’s not accurate:
if I wanted you to remember that God created everything, I’d probably tell you a story about it happening in seven days.
Like, that doesn’t actually mean that it happened in seven days.
It just means that I wanted you to remember that God created everything.

…これ、日本のように、言外の意図を汲む能力を称揚し—即ち*実際にいわれていること自体にとらわれず*—善意に取ることを素晴らしいとする言語観においては、ポピュリズムはいとも容易く広まることを示唆するダイアログ、のようにも思えます…。

Alicia夫妻は政治的にはもちろん民主党系として描かれておりますが(笑)
米・民主党のストラテジストとして有名だったDonna Brazileがくり返し本人役として登場するなど、
現実の政治状況もとりこみ、現代社会とパラレルなフィクション世界を作っていこうという姿勢ははっきりあったこの作品。
(米大統領民主党候補選、Bernie Sanders vs Hillary Clintonもそのまま取り込まれていきます!)

Twitterのほうには取り急ぎ、慌ててtweetしたのですがw5月14日2017
ニュースになった、世界的サイバー攻撃。
本作シーズン6の5話で描かれていた手口と完全に同一でしたね!

確認してみると、初回放送が2014年10月、とのことですが、
このドラマ、いまのトランプ時代を予見していていたような部分がほかにも数々ありました…。

S6 #14も面白い、Aliciaの妄想大爆発の回。時にはこういう遊びの回があってもいいと思える、メタフィクショネルなエピソード。
…メタフィクショネル、というのはつまり、フィクションというのはそもそも現実にはないと諒解済みの、いわば妄想の世界だから。
妄想の世界の中で妄想する、というのはだから完全にパロディックなわけで、
a healthy doseとしては、物語史上、18世紀の昔から、もうぜんぜんアリ、なわけですね;)

というわけで、ことあるごとに、客観性について、
客観的なことばの使い方、というようなことをいろいろに書いておりますが(笑)
日本の義務教育の国語では、いかに発話者の*視点*に立って、
発話者の真意をテクストを越えて読み取れ、こら! とでもいうかのような(笑)*オカルト教育*が執拗に行われており、
テクストは常に主観的に読め、というまさに・とんでもない・刷り込みが行われております。
…即ち、*視点*(出どころとしての)があるものは、20世紀後半にナラトロジーが示した通り、じつは本質的にはすべからく*主観的*(=一人称!)ですから(←ここ重要・笑)
そして僕は、この*客観性の否定*が、いまの日本の閉塞感のひとつの原因ではないか、とけっこうまじめに考えています。
といって、じゃあ、客観的に読め、といきなりいわれたって、どうすればいいか、判らないのもまた、当然です;)
そこで今回は、この際、少しそういう、主観的でない物語の読み方・楽しみ方のヒントともなるように、
具体的にいくつかの論点を記しておきました。
…なにも決して難しことではない、ということだけは、ご理解、賜ったことではないでしょうか???;)

機会があれば、いずれ、いまひとつの日本の閉塞状況のヴァリアント:
単なる自分の感想、主観にとどまらない*知的*なレヴューを書きたい人たちが、結局作品自体のアナリーズではなく、
作者や当時の社会といった、一見歴史的な客観的アプローチをとりながら、
最終的には、
 だからこういう作品を作ったのである、
 よって、こういう素晴らしい作品を作ることができたのである、
…という完全な飛躍、次元ワープ航法的な(笑)
全く客観性のないオカルト論法に、粘り強く陥ってしまう(…笑)
どこにいってもそんな知性の脆弱さを気魄で乗り越えようとするかのようなw*レヴュー*ばかりに打ち当たる、この地獄的な状況に、
(:RERドンフェール・ロシュローの便所的な状況にw)
一線を画する思考法なども、検討してみたい、と思います;)

実際には、屈託なくAliciaに感情移入できる女性視聴者には、もう、もう、ずいぶん*美味しい*、数多くの展開も、5シーズン終盤以降、用意されているわけですよ。。w
…e.g. S6 #11 42'29 Aiciaは、魔女 :p


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“La Traviata” par Sofia Coppola &…



“La Traviata” par Sofia Coppola & Valentino

(Source: Opera di Roma https://youtu.be/ojaEBIrjxY0)

« Au printemps 2016, la cinéaste Sofia Coppola dévoilait sa première mise en scène lyrique à l'Opéra de Rome : une “Traviata” sur son trente et un, avec des costumes conçus par la maison de couture Valentino. » - arte

…Regarder la télé française depuis le Japon ? Voici quelqeus petites idées. Il faut le lire (en Japonais, bien sûr, surtout que vous êtes au Japon ;)

Arteでやってた、ヴァレンティノ衣装、ソフィア・コッポラ演出のLa traviata『椿姫』です;)

全編はこちら、Arteの公式サイトでひそかに(笑)期間限定公開中→

http://www.arte.tv/guide/fr/068537-000-A/la-traviata-par-sofia-coppola-valentino

ですが。。。
例によって、日本からは視聴不可になっているのではないでしょうか??
フランスのTVを日本から見たい、という人の中心は、#フランス語 に覚えのある人でしょうし、見方は判っていると思います。
しかも人数が日本中でおそらく数千人程度なので、わざわざ広く一般に説明する必要はない、と考えられているかもしれません。

けれど、僕は #フランスのTV
多くのパリに仮住まいする日本人や韓国人の若い子たちの意見とは違って(笑)
面白いところもかなりある、と思っています;)
とくに今回のような、芸術作品コンテンツは、たとえフランス語が判らない人でも、見る価値がある。
気づいていないだけで、少し知識や経験のある人なら必ず、

“え、そんな結構なものが見られるんなら、ぜひ見たい!!”

と思うに違いないようなものが沢山あります。
ほんとです。
…と、押し売りのようですが(笑)

このオペラ・プロダクションは、その好例、
オペラ好きはもちろん、ですが、たとえオペラに興味がなくても、
ソフォア・コッポラ、あるいはヴァレンティノ・ガラヴァーニ、
ということだけでものぞいてみたい、という方は多いのではないでしょうか?

そこで、です:)

#フランスのテレビを日本から視聴する方法

…フランスのTVの大チャンネル、所謂地上波は、インターネットからリアルタイムで全て視聴できます。
検索すると簡単に出てきますから、これはいいでしょう。
問題は、一度見たものをもう一度見たい場合、
時間の都合でしっかり後日見たい場合、
僕のように誰かに紹介したい場合、など(笑)
過去の放送のリプレイについては、公式サイト以外にない、
という場合があります。

とくに今回のような、まだ商品になるコンテンツ。
商業的には期待されていないドキュメンタリーなんかは、ふつうにYouTubeに乗っかってたりもしますので、検索してみる価値はあります;)

で、問題は、この公式サイトで、海外からの視聴を禁止している場合。
これが結構多くて残念なのですが、この場合、奥の手として、

VPN(仮想ネットワーク)やプロクシ(代理サーバ)を使って国を変更する

という #geek な方法もあります。
これも検索してみるとじつはいろいろ出てくるのですが(笑)
例えば、
CyberGhostというソフトを使う。
説明はこちらなどにもありますが、
まず国でFranceを選んでから接続。
無料版の場合、接続開始まで時間がかかる、
3時間で接続が切れる、などという問題があるようですが、
オペラ1本見るには十分でしょうw
登録も不要です。

または、webブラウザ Chromeを使って、
TunnelBearというappをインストール。
すでにChromeがインストールされていれば、ものの5分で見られるようになると思います。
国はもちろんFranceに設定。
…問題は、無料版は月500mbまで、と書いてあるので、オペラ1本全体の視聴は無理かも、ということ :P 登録も必要。

また、ほかにも、
*フランスのプロキシ・サーバを経由する*
これは昔ながらの方法ですが、スピード(読み込み)が問題、かも。
しかし、やり方としては、たとえば、
引き続きブラウザ Chrome上での場合だと;)
Switchy Sharp
インストール後、プロキシのアドレスとポートは自分で入れなくてはなりません。
フランスのプロキシは、たとえばこちら
IPアドレスとポートを順番に試してみる。
プロキシの場合、今日うまくいったアドレスが明日も使えるとは限らない、
というのは、たぶんいまも相変わらずなのではないでしょうか…。
このappはルールとして決めたサイトだけプロキシ経由にできるということなので、プロキシの必要ないほかのサイトはさくさく見られる点でいいかもしれません。

いや、なんだかほんとにgeekな感じになってきました。。。(笑)

さて、今回のオペラ。肝心の内容については、
1幕しか見てはいませんが
..あとは悲しみのドン底じゃないですか!!!!(2幕以降)
まぁ、なにしろ『椿姫』ですから、たとえ平均点の演奏であったとしても、 見る人のあらゆる経験値に合わせ、
オペラ経験完全に0から、大ヴェテランまで、
それぞれに楽しめることは間違いありません。

..1幕見ただけだと、アチェランド気味のところはわりにいいか。この棒で、ベッリーニとか聴いてみたいかも、ですね。。(“個人の感想です”w)

あと冒頭の特典映像(??)は、レッド・カーペット上の米映画女優ドレス・メーカーとしてもたいへんになじみ深いガラヴァーニ発、
ソフィア・コッポラ初オペラ演出、
ということで、なかなかハリウッディエンヌな情景が展開;)、
..現在まさに*渦中*のKim Kardashian姐の勇姿もアリ(Kanyeと初オペラ??w)

S.コッポラはオペラについて、あまりよく知らなかった、たとえ父がオペラ好きで、祖父はオペラを指揮し、大叔父(?)は『椿姫』を指揮したことがあるにせよ、と冒頭のインタヴュー、arteフランス語吹き替えによれば語っています;)

…というわけで、 日本からは若干手数はかかりますが、関心のある方、どうぞご覧下さい!

こちらより… http://www.arte.tv/guide/fr/068537-000-A/la-traviata-par-sofia-coppola-valentino

(↓↓こちらは特典映像での—おそらくヴァレンティノ着用の!—インタヴューとはまた、別です;)

(Source: Opera di Roma https://youtu.be/-S1jfkfRnrs)


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Un changement en…



Un changement en marche…

これ、フランスのTV広告ですが。。 
いってることは:
買ったTVの前でも借りたTVの前でも、
同じように熟睡はできる;
違うのは、うちからTVを借りた場合、18ヵ月ごとに新しいTVと取り替えられる。だからいつでもそこに最先端のテクノロジー
寝てたとしても/寝ながらにして!。。(笑)
( #フランス語 )

このサイト、もちろんパソコンや、洗濯機なんかも借りられるらしいのですが。。
いや、これね、こちらではクラウド商法と捉え警鐘を鳴らし続けていますが(笑)
じつはいま
*大きな常識の転換*が起こっていて、
これまでは、
買った商品は自分の持ち物・財産で、
もし買うことができれば、借りるよりも自分の自由になる(=autonome)ばかりでなく結果的に安上がり、
というのが常識だったのですが。。。
パソコンのunix化、そしてクラウド、appの時代、と来て、
“所有”する、という概念自体が本質的に*改変*されている:
つまり、
その機械がいつまで使えるかは、機械が壊れるかどうかでも、
所有者がたとえばべつの機械を買って、使用を止めようと決定するか、でもなく、
*その機械を作り売った人が実質的に使用を止めさせようと思うまで*
ということになってきているわけです。
詳しくは、過去ポストもチェックして下さい。

要するに、現代の購入とは、
実質期限付きの“購入”でしかなく、
その*期限*が来たら、当然代替の新商品を購入するのだ、とすれば、
これは、“購入”のかたちを取ってはいるものの、
中身は従来の“賃貸”と同じになります;)

そこを逆手に取って、開き直ったこの宣伝。
いや、冗談じゃなく、
ハイテク商品を使い続ける、そしてそのために新しい機械を買い続ける、
ということを“既定”の事実、
つまり消費者にはチョイスがないのだ、と考えれば、
いつか必ず、まともな計算をする人なら、
あれ、これだったら、借りたほうが理にかなってるな。。
と判断するタイミングは来るはずです;)

…その意味では、リース分野で価格破壊できる会社は、商機をつかむ、かもしれませんな。。w

*消費を回し続け*ていかないと、この世は終ってしまう、、、と、
どうやら完璧に洗脳されているらしい現代人。
フランスでも、来る2017年大統領選を睨んだ候補争い、
相も変わらず、
フランス人の“pouvoir d'achat”(購買力?)を高めるには、、、
などという色褪せたことばが十年一日、飛び交っておりますw

消費を拡大させ続ける、っていうその考え方自体、既に破綻してるんだから、
もうそういう終ってるフィクションをまじめに取り合うのは止めようよ、、、
などとはっきりいえば、
ほとんど狂人扱い、遠巻きに見られてしまう今日この頃(笑)

メーカーの判断に従い新製品を黙って買い続けるのは、もはや
現代社会、既成権力への、
*新奴隷階級*に科せられた事実上の*年貢*
といっても過言ではないのでしょうか…;)

(Source: LOKEO / LA TELEVISION )


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“I think early on when we invaded Iraq, I always consider that sort of the original sin of the twenty-first century.”

- Jon Stewart (Source: amanpour.blogs.cnn.com)

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