La foudre parisienne … la nuit de Saint Michel…



La foudre parisienne … la nuit de Saint Michel ;)

パリだと、2、3年に一度はある、という感じの派手なorage、見事な雷の一夜。

日本では見たことがありませんでしたが、真横や、下から上へ走ったり、爆弾のようにばーんと爆発したり。。

この雷から、ドラゴンを思いつくのは…わりと自然ではないか、と思います;)

Les orages ne faiblissent pas à Paris https://www.bfmtv.com/mediaplayer/video/les-orages-ne-faiblissent-pas-a-paris-1079361.html

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…あの夏、ベルリン。。
2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

『ベルリン日和』
“A moment.” …それは《気づき》の時。

作品についてのコメントはこちら

SOURCE: http://yuichihiranaka.tumblr.com/post/174433527011

Go Blue! Go! または、どうして日本人は議論ができないのか? Did you hear that one of…



Go Blue! Go! または、どうして日本人は議論ができないのか?

Did you hear that one of the hottest topics in Japan this spring is college football? Yes. College football (in all caps, if needed).
Ok. Let me get that straight.
Have you guys, in the first place, ever seen at least one college football game in your whole lifetime?
Oh, come on. Give me a break!
(incidentally, the blue on offense is my alma’s ;)

以下は週末、公式twitter @yuichihiranaka へのポストよりのまとめ、ですが:

…悪事を働いた人が法律にもとづき裁かれるのは当然だし、原因の究明も必要でしょう。問題の責任者がそのまま権力や影響力を維持したり、私腹を肥やして良しとされるなら、社会のモラル(モラルとは、フランス語ではまぁ、やる気・士気、という意味ですが…)が下がる、社会正義、教育的観点からも問題がある。

しかしねぇ。。。
罪を憎んで、人を憎まず、ともいうでしょう。
目的は、責任を取らせて、将来的にも問題を解決する、ということで、問題を起こした人たちの(仮にそれが本当に悪い人たちであったとしても、真の目的は;)面目を潰して恥をかかせることではないでしょう。

理性や議論、ロジックではなく、情緒や感情をもとに、数の力で押し潰せるものを押し潰す。それは、リンチです。
社会正義は実現すべきだが、その方法が、リンチ以外にはないのでしょうか?

…全ては情緒と共感でしかなく、いい勝った者が勝ち、理非ではなく、数、力で勝った者が勝ち、というところにこそ問題はあるのではないでしょうか。
例えば、人を脅して黙らせる、などというのは許しがたい卑劣な行為ですが、その人を逆に脅し返して黙らせることができたら、それでいいのか。

仮に*正しいcause*であったから今回はこれでよかったといえるとしても、同じ仕組み、つまり一種のリンチで、人種攻撃やいじめ、異分子の迫害も起きる。
もっといえば、反戦・平和主義も黙らされ、戦争になだれ込むのも、これとまったく同じ仕組みではないでしょうか。
そもそも今回の問題自体が、力で人を黙らせコントロールしたところに端を発しているはずです。

そんな仕組みそのものに違和感がなく、むしろ当然のこととして、逆に制裁にも用いられているのだとすれば…フェニックス問題それ自体より、もっと恐い、と思います。
Go Blue! Go! via Instagram Post by amft_yn - Deskgram
(写真はイメージです;)

* * * *

フランス人は議論好き、というのはよく知られていると思います。
実際本当にことばの国、フランスでは、ことばで自分を表さなければ、存在しないも同然、という場合もふつうにあります。
しかしそんなにことばをぶつけ合って、どうして社会が成り立つのか。
何事も相手の気持ちを推し量り、角が立たないよう話すことを子どもの頃から求められる日本人、
そして議論をしようとすると、すぐに感情的な口論になってしまう日本人として(笑)
パリに移り住んだ当時、僕が最も関心のあった、知りたいと思っていたひとつがここ、でした。

そこで注意してみていると、
…ああ、もちろん、庶民はダメですよ、力強くまくし立ててるだけで、内容は8歳児並み、 手近にある、投げられそうなものならなんでも掴んで投げてくる、
とにかくシュートってやつを決めればいいんだろ!と打ちまくり、半分近くが議論上のオウン・ゴールになっている…という例も、冷静に見てるとままあります(笑)
フランス人のインテリは、議論をする時、最終的には、相手をいい負かさない、
相手の面子を完全には潰さない、
勝負あり、白黒ついた、と判断したら、そこで投了、
相手の逃げ場を僅かに残し、面目を守ってやる。
…これ、たしかHanakoにも書きましたよね??
いわば武士の情け、ですね(笑)
この暗黙のルールが守られることが多い。
考えてみれば、当然ですよね。じゃなかったら、もう殺し合い、です(笑)

ひるがえって、現在の日本はどうか。
今回の例で見てみると、
フェニックスの指導者は、全て自分の責任です、と認めているわけです。
基本的には、その時点で投了、です。
あとはもう、ふつうに考えれば判る、反則をするよう仕向けたのは、指導者です。
役職を解き、権力を剥奪、経済的にもペナルティを与え、社会的尊敬も失う。
こういう、実質的な制裁を受けてもらう。それでいいんです。
ほんとは指示をしたんですか、どうなんですか、などと問い詰め、いわば自供を取る必要は何もない、だって、常識で判る範囲のことですから(笑)

ケガをさせられた選手と、させた側の謝罪や賠償の問題は、双方で解決すればいいわけですし、
必要なら警察が介入してもいいし、司法の判断を仰いでもいいでしょう。

選手全員に罪はないとしても、フェニックスはひとまず廃部。
辛いでしょうが、当面他校に合流するか、クラブ・チームで頑張り、卒業後、社会人でライス・ボールに帰ってきてください。

相手の選手を試合に出られなくさせたら得だと思っていたら、そのせいで自分たちが出られなくなってしまった…
これではじめて割の合う、実質的な制裁、です。

こういった実質的な制裁があれば、そこにさらに精神的な制裁まで加える必要はありません。
全て自分の責任、と認めた時点で、本来なら、参りました、といっているも同然です。
それをさらに押さえつけ、どういったのか、いわなかったのか、などと追い詰めていけば、
それは腹を切れ、といっているようなもの。
そうなれば、嘘だってつくでしょう。
自分が悪かったといっているのに、その上嘘までつかされたら、そうでなくとも歪んでいたかもしれない(笑)心もますます歪みます。
恨み骨髄、ともなるでしょう。
そこまで人の面目を潰し、恥をかかせる必要は、ほんとは何もないのです。
…これが、フランスのインテリの議論を見ていて、
僕が考えたことです。

表題の、なぜ日本人は議論ができないか、
その理由はもちろんこんなことに尽きるものではなく、
そこには言語学的な、日本語の性質、というものが大きくあるということも、小説文の分析のためにナレーション理論を勉強していくなかで判ってきましたし、その辺りは、文法的にもかなり説明がつくのではないか、と思っています。
…だから、表題は、むしろ、なぜ*日本語では*議論ができないか、のほうがよりいいかもしれません;)

しかし、この、*相手の面目を潰さず、プライドを保ったまま、潔く退場するチャンスを与える*、ということも、議論が必ず感情的な口論に終わってしまう、という事態を避けるための小さなルール、作法のひとつ、だと思います。

罪を憎んで、人を憎まず、
とtwitterポストには書きましたが、
国民に嘘をつき、それをカヴァーアップしようとした政治家についても、僕は同じように思います。
問題は、はい、私は嘘をついておりました、と自白させることではない。
だって嘘をついてることは、誰から見ても歴然、です(笑)

首根っこをつかまえて、すみませんでした、私が悪うございました、と無理やりいわせることに、どんな意味があるでしょう。
小学生の反省会じゃないんだから!!

ただ、責任をとって、退職したいただく。
退職金も返納していただき、自分たちが是認していた、国民年金の支給額で実地に生活していただく(笑)

側から見て、やっぱりあの人は間違っていた、まぁ、あの人もね、つまらんことをしたもんだよね…とふつうに理解されるようであれば、
もうそれで、ひとまずはいいでしょう。

しかしそこまでは、確実に持っていきたいところ(笑)
要は、引き際を心得、とどめは刺さない。
リンチはしないし、血祭りにはあげない(笑)
それでこそ、
その人が多少なりともまともな人であるならば、時間をかけて、
ゆっくり反省や悔悛もできる;)
つまり、本質は、対等なひとりの人として人を遇する、というプリンシプル、原理原則を、誇りを持って守り抜く、
同じ人間同士として、互いに相手の尊厳を、最低限、尊重する、ということでしょう。

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The California republic versus President Trump. One year into…

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The California republic versus President Trump.

One year into his administration the world’s sixth largest economy fighting the Trump administration on everything from policies on legal marijuana, taxes,environment, and, immigration"

http://edition.cnn.com/videos/tv/2018/01/17/lead-miguel-marquez-dnt-jake-tapper.cnn
…最初の宣伝がスキップできないのが辛いですが(PC版)耐えて下さい。。;)

…“世界第6位の経済が、トランプ政権と戦っています:カリフォルニア・リパブリック(共和国)です!”
というわけで(笑)

カリフォルニアの歴史をWikipediaで見ても、ちゃんと、

“カリフォルニア・リパブリックとアメリカの侵略”

という項目がありますね。。;)

いや、トランプのニュースにはうんざりだけど、
アメリカの底力というものはまだまだ、尽きてはいない。

それでは、アメリカと、自由世界の明るい未来を信じる意味で、
このポスト、最後にBeyoncéによるAmerica the Beautifulを聴いて下さい;)

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“Liberté d’importuner” : Catherine Deneuve s’excuse…



“Liberté d'importuner” : Catherine Deneuve s'excuse auprès des victimes de viol

#MeToo ムーヴメントに対するフランスの反応へのコメントが難しい理由 - *ここ*も勘定に入れて下さい;)

これ、どうしようかなー、めんどくさいなー、ややこしいなー、
と思い、パスしようか、と思ったのですが。。(笑)

ワインスタイン以降のハリウッド女優たちからの反セクシャル・ハラスメント・ムーヴメントに対する、フランスの反応は、
すでに日本でも様々に伝えられていると思いますが、
問題のLe Monde紙のtribuneがこちら:

« Nous défendons une liberté d’importuner, indispensable à la liberté sexuelle »

この論説に賛同署名者として名を連ねたことへの批判に対するCatherine Deneuveの弁明が↑↑のリベラシオン紙、なのですが。。

アメリカ側から、Salma HayekのNYTへの寄稿を紹介した経緯から、一応、クリップはしておきますが、
僕としては、まぁ、フランス語が読める人は、自分で読んでみて下さい、というにとどめたいです。。(笑)

というと、露骨に無責任、逃げの一手、というのがもう、見え見えですが(笑)
これは、なかなか、難しい。

タイトルになっているとおり、
つきまとって困らせる自由、
いい寄られてこそ、初めてNonという自由もあるのである、
などと、糾弾される男性側に一見都合の良さそうなことを、いろいろっているのも確か、です:
レイプは犯罪だが、しつこいナンパや不器用さは罪ではない;
男たちはただ、膝がしらを触ってしまったり、キスを奪おうとしたり、*親密な*話をしようとしてしまっただけなのだ。
プロジェクト・チームを率いたと同じ日に、女性は男性の性の対象となる喜びを味わうことができる。
自立した女性は、電車の中で触られたくらいで傷ついたりしない、とまでいっている…
…と、こういう風に、こういうとこだけ全文から切り抜いて並べると、いかにも都合が良さそうなのですが(笑)

とにかく強い論調で、激烈、といっていい個所も多々あります;
現在の反セクシャル・ハラスメント・ムーヴメントを全体主義に擬してさえいますね。。
論点も、様々、あれもこれも、これでもか、と出してくる。
この議論を、をひとつひとつ精査して、点検していくのは、大変です。

。。つまりね、これは、フランスの女のひとの大変さ、なんですよね…(笑)
で、フランス語がちゃんと読めれば、たとえフランス人の女の子とあまりデイトしたことがなくても、
うーむ、こりゃあ、大変だな。。
という感じは、ひしひしと伝わってくるんじゃないか、と思うんです(笑)

だから、確かに、一見男に都合の良さげなことはいろいろといっている、
しかし、それをいっているのが、フランス人の女性である、ということを勘定に入れなくてはいけない(笑)

フランスの女性は、強いんです。もちろん、比較の問題ですけど、
パリで日本人の女性が、あれほどモテるのはなぜか。
7つくらいパッと理由が浮かびますが(笑)
そのうちのひとつが、とにかく日本人の女の子はあたりがソフト、
もちろん、本当の意味での強さは判りませんよ、
でも、あたりからいえば、フランス人の女のひとに馴れているパリジャンから見れば、
日本人の女の子たちっていうのは、もう、とろけるように優しくて、可愛いんじゃないでしょうか(笑)

そしてこのあたりを勘定に入れると、
この論説に安易にコメントすることは、難しい、、、
というのが、とりあえずの感想です;)

参考までに、以下は上に引いた、一見男側に都合の良さげなことの一部、原文ですが、文中に戻してみると:

Surtout, nous sommes conscientes que la personne humaine n’est pas monolithe : une femme peut, dans la même journée, diriger une équipe professionnelle et jouir d’être l’objet sexuel d’un homme, sans être une « salope » ni une vile complice du patriarcat. Elle peut veiller à ce que son salaire soit égal à celui d’un homme, mais ne pas se sentir traumatisée à jamais par un frotteur dans le métro, même si cela est considéré comme un délit. Elle peut même l’envisager comme l’expression d’une grande misère sexuelle, voire comme un non-événement.
En savoir plus sur http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html#kGvLrtq0IAuu2Y0e.99

…フランスにホモの男性が多くなってしまったのは、女性の権利が強くなった、当然の代償だ、
といい切ったパリジェンヌがいたのですが、こういうのを読むと、
一理あるかも。。と思ってしまいます;)

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“We are finally becoming conscious of a vice that has been…



“We are finally becoming conscious of a vice that has been socially accepted and has insulted and humiliated millions of girls like me, for in every woman there is a girl.”

Salma HayekのNYTへの寄稿を読んでみました。
Harvey Weinstein Is My Monster Too http://nyti.ms/2BlyZSq

なかなか力の入った、魅力的な原稿ですが、僕がいちばん好きだったのは、やはり、上にquoteした部分。
…仮にとっさの僕訳(take 3)だと、

“ようやく私たちは気づきはじめた。社会的に許されてきた悪に、侮辱され、辱められた、幾万もの私と同じ、少女たちがいることを。どんな女性の内側にも、少女はいるのだから。”

くらいか??と思いますが。。もちろん、原文のほうを読んでみてください!

https://www.nytimes.com/interactive/2017/12/13/opinion/contributors/salma-hayek-harvey-weinstein.html

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Who said free speech is incompatible with…



Who said free speech is incompatible with politeness?

10月のNYTから始まった、アメリカのセクシャル・ハラスメント告発。
ついにパンドラの箱が開いたというか、雪崩を打って、止まらない観がありありますね。
これは今のアメリカの分裂、人種、宗教、社会階層間の対立、
というより抗争の噴出の一様相、でもあるわけですが、
日本に飛び火する気配はないようですね。。
フランスだと、ことの発端となったHarvey Weinsteinに直にセクハラにあった、と訴えるフランス人の女優もやはりふつうにいたわけですが。。;)
…voir Les actrices françaises qui ont révélé avoir été victimes de harcèlement sexuel @MadameFigaro

日本の場合、女性の権利どころか、男性も含めた人権意識の低さ、
社会制度の貧しさから生まれる将来への不安もあるでしょうし、
会社のため、給料のため、実体不明の*経済*のため、ひいてはお国のため(笑)
隷属状態に甘んじる…というのが実情でしょう。。

米、政治の世界では、共和党のアラバマ選出上院議員が、多数の被害者からの訴えを否定し、再選へ出馬、crotch grabber仲間のTrump大統領(笑)から支持を受け、党も事実上承認、ということになっているのがなんといっても騒ぎですが、

共和党の元大統領候補、ミット・ロムニーが反対のtweetを書いたというので見に行くと、
むしろそこに即座に反論するtweetのほうに目を奪われました:

ロムニーがいってるのはまぁ、端折れば、議席や票のためにこの人物を上院に迎えては、共和党の歴史に汚点を残すことになる、というくらいのことですが、
その次の書き込み。曰く、
マジかよ、証拠でもあるっていうのか? 共和党の唯一の汚点は、お前が大統領候補になって負けたことだろう。。。

いやぁ、これだからネットは恐ろしい。。(笑)
もちろん僕はミット・ロムニーに、特に好感などを持ってるわけではありません(笑)
が、いくらなんでも、こんなこと人に向かっていうなんて、
まともに育った人間のすることじゃない。

言論の自由はなによりも重要ですが、
だからといって、失礼、無礼、という基準がなくなるわけではありません。

言論の自由は大切ですが、礼儀だって人間性の大きな一部です。

そもそも、ネット上ではなく、面と向かって人に何かいう時は、
同じいうにしても、もっといい方を考えるのではないでしょうか。
角が立たないように、とか、第三者からみてひどいいいかたに聞こえないように、とか、
なにかちょっとユーモアや気の利いたことがあるように、とか、
そうはいっても、相手の面目を丸つぶれにはしないよう、
そういうレトリックなことを考えるのがふつうでしょう。
少なくとも、従来は、まともな教育のある人は、そうでした;)

結局、人に面と向かっていえないようなことは、
インターネットにも書くべきじゃない、、と思うのですが、
しかしこのルールが当てにならないのは、
インターネットにそういう無礼なことを書いているうちに、
実際に面と向かっても人にいい始めてしまう、
ネット内での行動が、逆に実社会での言動を変え始める、と思われるから。

ネットのせいで、現実世界までがどんどんギスギスしはじめる。
もうそれは確実に起こり始めていることではないでしょうか。。

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