The California republic versus President Trump. One year into…

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The California republic versus President Trump.

One year into his administration the world’s sixth largest economy fighting the Trump administration on everything from policies on legal marijuana, taxes,environment, and, immigration"

http://edition.cnn.com/videos/tv/2018/01/17/lead-miguel-marquez-dnt-jake-tapper.cnn
…最初の宣伝がスキップできないのが辛いですが(PC版)耐えて下さい。。;)

…“世界第6位の経済が、トランプ政権と戦っています:カリフォルニア・リパブリック(共和国)です!”
というわけで(笑)

カリフォルニアの歴史をWikipediaで見ても、ちゃんと、

“カリフォルニア・リパブリックとアメリカの侵略”

という項目がありますね。。;)

いや、トランプのニュースにはうんざりだけど、
アメリカの底力というものはまだまだ、尽きてはいない。

それでは、アメリカと、自由世界の明るい未来を信じる意味で、
このポスト、最後にBeyoncéによるAmerica the Beautifulを聴いて下さい;)

yuichihiranaka:
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…あの夏、ベルリン。。
2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

『ベルリン日和』
“A moment.” …それは《気づき》の時。

作品についてのコメントはこちら

SOURCE: http://yuichihiranaka.tumblr.com/post/170303706618

“Liberté d’importuner” : Catherine Deneuve s’excuse…



“Liberté d'importuner” : Catherine Deneuve s'excuse auprès des victimes de viol

#MeToo ムーヴメントに対するフランスの反応へのコメントが難しい理由 - *ここ*も勘定に入れて下さい;)

これ、どうしようかなー、めんどくさいなー、ややこしいなー、
と思い、パスしようか、と思ったのですが。。(笑)

ワインスタイン以降のハリウッド女優たちからの反セクシャル・ハラスメント・ムーヴメントに対する、フランスの反応は、
すでに日本でも様々に伝えられていると思いますが、
問題のLe Monde紙のtribuneがこちら:

« Nous défendons une liberté d’importuner, indispensable à la liberté sexuelle »

この論説に賛同署名者として名を連ねたことへの批判に対するCatherine Deneuveの弁明が↑↑のリベラシオン紙、なのですが。。

アメリカ側から、Salma HayekのNYTへの寄稿を紹介した経緯から、一応、クリップはしておきますが、
僕としては、まぁ、フランス語が読める人は、自分で読んでみて下さい、というにとどめたいです。。(笑)

というと、露骨に無責任、逃げの一手、というのがもう、見え見えですが(笑)
これは、なかなか、難しい。

タイトルになっているとおり、
つきまとって困らせる自由、
いい寄られてこそ、初めてNonという自由もあるのである、
などと、糾弾される男性側に一見都合の良さそうなことを、いろいろっているのも確か、です:
レイプは犯罪だが、しつこいナンパや不器用さは罪ではない;
男たちはただ、膝がしらを触ってしまったり、キスを奪おうとしたり、*親密な*話をしようとしてしまっただけなのだ。
プロジェクト・チームを率いたと同じ日に、女性は男性の性の対象となる喜びを味わうことができる。
自立した女性は、電車の中で触られたくらいで傷ついたりしない、とまでいっている…
…と、こういう風に、こういうとこだけ全文から切り抜いて並べると、いかにも都合が良さそうなのですが(笑)

とにかく強い論調で、激烈、といっていい個所も多々あります;
現在の反セクシャル・ハラスメント・ムーヴメントを全体主義に擬してさえいますね。。
論点も、様々、あれもこれも、これでもか、と出してくる。
この議論を、をひとつひとつ精査して、点検していくのは、大変です。

。。つまりね、これは、フランスの女のひとの大変さ、なんですよね…(笑)
で、フランス語がちゃんと読めれば、たとえフランス人の女の子とあまりデイトしたことがなくても、
うーむ、こりゃあ、大変だな。。
という感じは、ひしひしと伝わってくるんじゃないか、と思うんです(笑)

だから、確かに、一見男に都合の良さげなことはいろいろといっている、
しかし、それをいっているのが、フランス人の女性である、ということを勘定に入れなくてはいけない(笑)

フランスの女性は、強いんです。もちろん、比較の問題ですけど、
パリで日本人の女性が、あれほどモテるのはなぜか。
7つくらいパッと理由が浮かびますが(笑)
そのうちのひとつが、とにかく日本人の女の子はあたりがソフト、
もちろん、本当の意味での強さは判りませんよ、
でも、あたりからいえば、フランス人の女のひとに馴れているパリジャンから見れば、
日本人の女の子たちっていうのは、もう、とろけるように優しくて、可愛いんじゃないでしょうか(笑)

そしてこのあたりを勘定に入れると、
この論説に安易にコメントすることは、難しい、、、
というのが、とりあえずの感想です;)

参考までに、以下は上に引いた、一見男側に都合の良さげなことの一部、原文ですが、文中に戻してみると:

Surtout, nous sommes conscientes que la personne humaine n’est pas monolithe : une femme peut, dans la même journée, diriger une équipe professionnelle et jouir d’être l’objet sexuel d’un homme, sans être une « salope » ni une vile complice du patriarcat. Elle peut veiller à ce que son salaire soit égal à celui d’un homme, mais ne pas se sentir traumatisée à jamais par un frotteur dans le métro, même si cela est considéré comme un délit. Elle peut même l’envisager comme l’expression d’une grande misère sexuelle, voire comme un non-événement.
En savoir plus sur http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html#kGvLrtq0IAuu2Y0e.99

…フランスにホモの男性が多くなってしまったのは、女性の権利が強くなった、当然の代償だ、
といい切ったパリジェンヌがいたのですが、こういうのを読むと、
一理あるかも。。と思ってしまいます;)

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“We are finally becoming conscious of a vice that has been…



“We are finally becoming conscious of a vice that has been socially accepted and has insulted and humiliated millions of girls like me, for in every woman there is a girl.”

Salma HayekのNYTへの寄稿を読んでみました。
Harvey Weinstein Is My Monster Too http://nyti.ms/2BlyZSq

なかなか力の入った、魅力的な原稿ですが、僕がいちばん好きだったのは、やはり、上にquoteした部分。
…仮にとっさの僕訳(take 3)だと、

“ようやく私たちは気づきはじめた。社会的に許されてきた悪に、侮辱され、辱められた、幾万もの私と同じ、少女たちがいることを。どんな女性の内側にも、少女はいるのだから。”

くらいか??と思いますが。。もちろん、原文のほうを読んでみてください!

https://www.nytimes.com/interactive/2017/12/13/opinion/contributors/salma-hayek-harvey-weinstein.html

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Who said free speech is incompatible with…



Who said free speech is incompatible with politeness?

10月のNYTから始まった、アメリカのセクシャル・ハラスメント告発。
ついにパンドラの箱が開いたというか、雪崩を打って、止まらない観がありありますね。
これは今のアメリカの分裂、人種、宗教、社会階層間の対立、
というより抗争の噴出の一様相、でもあるわけですが、
日本に飛び火する気配はないようですね。。
フランスだと、ことの発端となったHarvey Weinsteinに直にセクハラにあった、と訴えるフランス人の女優もやはりふつうにいたわけですが。。;)
…voir Les actrices françaises qui ont révélé avoir été victimes de harcèlement sexuel @MadameFigaro

日本の場合、女性の権利どころか、男性も含めた人権意識の低さ、
社会制度の貧しさから生まれる将来への不安もあるでしょうし、
会社のため、給料のため、実体不明の*経済*のため、ひいてはお国のため(笑)
隷属状態に甘んじる…というのが実情でしょう。。

米、政治の世界では、共和党のアラバマ選出上院議員が、多数の被害者からの訴えを否定し、再選へ出馬、crotch grabber仲間のTrump大統領(笑)から支持を受け、党も事実上承認、ということになっているのがなんといっても騒ぎですが、

共和党の元大統領候補、ミット・ロムニーが反対のtweetを書いたというので見に行くと、
むしろそこに即座に反論するtweetのほうに目を奪われました:

ロムニーがいってるのはまぁ、端折れば、議席や票のためにこの人物を上院に迎えては、共和党の歴史に汚点を残すことになる、というくらいのことですが、
その次の書き込み。曰く、
マジかよ、証拠でもあるっていうのか? 共和党の唯一の汚点は、お前が大統領候補になって負けたことだろう。。。

いやぁ、これだからネットは恐ろしい。。(笑)
もちろん僕はミット・ロムニーに、特に好感などを持ってるわけではありません(笑)
が、いくらなんでも、こんなこと人に向かっていうなんて、
まともに育った人間のすることじゃない。

言論の自由はなによりも重要ですが、
だからといって、失礼、無礼、という基準がなくなるわけではありません。

言論の自由は大切ですが、礼儀だって人間性の大きな一部です。

そもそも、ネット上ではなく、面と向かって人に何かいう時は、
同じいうにしても、もっといい方を考えるのではないでしょうか。
角が立たないように、とか、第三者からみてひどいいいかたに聞こえないように、とか、
なにかちょっとユーモアや気の利いたことがあるように、とか、
そうはいっても、相手の面目を丸つぶれにはしないよう、
そういうレトリックなことを考えるのがふつうでしょう。
少なくとも、従来は、まともな教育のある人は、そうでした;)

結局、人に面と向かっていえないようなことは、
インターネットにも書くべきじゃない、、と思うのですが、
しかしこのルールが当てにならないのは、
インターネットにそういう無礼なことを書いているうちに、
実際に面と向かっても人にいい始めてしまう、
ネット内での行動が、逆に実社会での言動を変え始める、と思われるから。

ネットのせいで、現実世界までがどんどんギスギスしはじめる。
もうそれは確実に起こり始めていることではないでしょうか。。

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…あの夏、ベルリン。。
2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

『ベルリン日和』
“A moment.” …それは《気づき》の時。

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SOURCE: http://yuichihiranaka.tumblr.com/post/168389906574

教えて、DSK♥…



教えて、DSK♥ ️〜*保守二大政党制*って、アリなの??

フランスではDSKの通称で知られる、ドミニク・ストラス-カーン。
経済に明るい人は、IMFの前ディレクターとしてご存知かもしれません。
国際三面記事に強い人は(笑)例のNYのソフィテルで、ハウスキーピングの女性を襲った咎で、逮捕、失脚、というニュースをご記憶でしょう。
仏PS(社会党)の候補として、次期大統領と期待される人物を公衆の面前で犯罪者扱い、
ということで、フランスでは国辱、アメリカの罠、との声もありましたが、
確かにそもそも女性に関しては、続々と問題が出てきて、
それもちょっとパトロジカルな印象もあり、政界を去った−−
−−その後釜にフランス人で女性、ということでイイ感じにFMI(とむしろフランス語ではいいますが;)のディレクトリスに収まったのが、いかにもお金持ちのマダム然とした(痩せて日焼けしている;)ご存知クリスティヌ・ラギャルド。シラク、サルコジの保守党政権で、大臣を歴任していた人物です。

…他方、そこで「行ける」と踏んで一気に大統領になってしまったのが、フランソワ・オランド。これは「個人の感想」ですが、、
オランドはそもそも大統領の器ではないと承知の上で、行けたから行った、という観がある…
CV(履歴書)に*元フランス大統領*があるのも悪くない、といいますか(笑)
権力の座自体にはこだわらず、第五共和制の現職大統領として初めて二期目を目指さず、あっさり辞退、
結果的に、ここまでの政治責任を問われることもなく、
今年の大統領選でのPSの解党的大敗北の責任を問われることもなく、
あるいは社会党最後の大統領として、まんまと勝ち逃げ。
選挙後数ヶ月で、飄々と現政権に苦言を述べている。。
いや、この人は、なかなかのマキャベリストではないか、と思うわけです(笑)
(ムッシュ・オランドについては、こちらのポストも、ぜひどうぞ;)

その前大統領オランド、そして現大統領マクロンを前に、問題のDSKがスピーチをした、というのが、冒頭にクリップしたこのニュース。

マクロンは政策も、フィロソフィーも、とにかくDSKに学んだところが多いとされており、いわばコピー元的なところもあるわけで(笑)

…ついでにマクロンについても「個人の感想」で切ってしまうと、
オランドが機を見るに敏、で大統領になったとするならマクロンは、もう想定外の大ラッキー、世界一のラッキーで仏大統領になってしまった、という感じ。。(笑)
とにかく国内未曾有の大量殺人テロの傷を抱えたまま、英EU離脱、米トランプ政権誕生と、世界のナショナリズムの高まりを目の前にし、
フランス人の建前力、と僕は呼んだこともありますがこちらをどうぞ;)
本音、心の底では高まりに高まっても不思議のないナショナリズムを、
なんと、フランスのいわば超自我が押さえてしまった…(笑)
有名な仏極右政党FNは、政権の取れる政党になるどころか、
今は完全に失速、こちらもガタガタ、という様相を呈していますよ;)
…とはいえ、だからフランスはリベラルで素晴らしい、ということにはならないのが実はポイントで、
フランスは建前で本音を押し殺しすぎる面もあり、だからこそ共和制でそれなりにここまで上手くやって来ることができた、というところもあるけれど、その反面、たとえばフランスの戦後処理問題なんかも、つまるところ根はここにあるわけでしょう。。

かくて誕生したマクロン政権。
大雑把にいって、中道左派寄りのポピュリズム政権、と見ていいでしょう。

このマクロンを前に、いわば“本家筋”のDSKが苦言を呈し、戒めた。
クリップしたものとは違いますが、
別のニュースでアンカーが、
「これはDSKがマクロンに、左派の価値観の教えを説いたもの、ということでしょうか?」と訊いたところ、
すかさずコメンティターが、
「まぁ、でも左派の価値観を説くならば、ホテルでハウスキーピングの女性を襲うのだって、左派の価値観からは外れてるでしょう!」とすかさずいっていましたが(笑)
ともかく、問題の、DSKの*教え*なるものを聞いてみましょう。
曰く:
“右派と左派の価値観は同じではない。このふたつがあって社会のバランスが取れる。が、このふたつの対立は、民主主義があるかぎり生き続ける。ふたつの価値観を組み合わせることは、ふたつを混同(同一視)することではない。右と左を共に進めて行くことが、このふたつのバランスをとる方法だ。”
…まぁ、大体、そういうようなことを(笑)いっていますね。
クリップしたヴィデオでは、レポーターの女性がすぐに「右左の違いは残っているし、残らなくてはならない、マクロン大統領の考えとは違って、ということですね」と(まぁ、だいたい・笑)まとめていますね。。

 * * * *

日本では、*保守二大政党*という「マジですか?」なキャッチ・フレーズが出てきているようです(笑)
*保守二大政党による安定的な政治で、政権交代、選択肢のある政治*、みたいな話にしたいんでしょうけども、
ちょっと考えたら、猫でも判る、それ、選択肢、ありませんから(笑)

そもそも二大政党制の政権交代・選択肢のある政治を可能にする、という触れ込みで、小選挙区制が導入された、ということを(英語的にいうなら)覚えているくらいには僕は十分年を取っているわけですが;)
あそこでは、ちょっと見通せなかったですね。。
結局、グランドデザインは、*いかにリベラルを潰すか*、これだったわけです。

つまり、*保守二大政党制*には選択肢がない、という話になりますが、
保守二大政党には、思想的な違いがない。要するに、目的を達するための手順に対する考え方が違う、というだけです。

日本では社会主義、というのはうまくいかなかったシステム、ということになっていますが、
。。そしてフランスでも、あの絶対だれがやってもダメな段階で、政権を取ってしまった、その後のテロがさらにだめ押しで、PSはもう、ガタガタ、ですけど(笑)
…そのかわり、といってはなんですが、極左ポピュリズムも台頭してきていますね;)
フランスの社会主義、っていうのは、日本でふつうに思うような、腐敗したビューロクラシーの全体主義、みたいなものではなく、
フランスの共和国の精神、“自由・平等・友愛”のうち、
“平等”を追及するもので、
その大義は、“社会正義の実現”、です。
例えば経済政策だって、アメリカの共和党もそうですが、
保守は基本的にフリーマーケット、小さな政府で、資本主義をいわば野放しにしようとする。
すると資本主義がふつうに機能して、資本の集中が起こる。
つまり、金持ちがより金持ちになり、貧富の差はどんどん広がって行く。それが資本主義のまず基本です。
そしてその集中した富がどんどん大きくなれば、トリクルダウンで、ぽたぽたと落ちてきて、末端の生活も最後には楽になっていく(はず)。
これが米共和党の歴史的、伝統的な経済政策の立場、だといわれています(すみません、CNNによれば、です;)
今度の日本の新党の*寛容な保守*というのの*寛容*というのも、要するに、たとえばそういうことです;)

保守二大政党だと、つまり、こういう時に、
いや、一部の人に富を集中させる資本主義に政府が介入し、
もっと市民に公平に還元すべきだ、
…というと、要するに、アメリカでいえば、リベラルの民主党、
フランスでいえば、社会正義を実現する、社会主義、社会党の立場ですが…

この、本当の選択がない、
いや、基本的に富は集中させてトリクルダウンだけど、
そのやり方をどうすべきかなんだよ…というところの選択肢しかなくなる、という。。(笑)
例えば、在日米軍に撤退してもらう…は勿論のこと(笑)
少なくとも現在の在日米軍のあり方はおかしい、
一度撤退させた後再駐留を許可したフィリピンだって、日本と同じ旧枢軸国のイタリアだって、現在のイラクでさえ、もっとマシな地位協定を持っているそうなので、
じゃあこれをどうするのか。。というような選択肢は、ない。
日本の更なる軍事大国化に反対したい、
そして、ひいては、日本の核配備に反対したい…というような、
*本当の*選択肢は、保守二大政党では与えられない。
フランスがやったような、政策による少子化現象の逆転、というような選択肢も出てこない。
…フランスの例を見れば、猫でも判りますが(笑)少子高齢化というのはNHKがいってるような、あたかも自然な社会現象などではなく、政策の問題、政策から生まれ、政策でふつうに解決できる問題です;)

今度の選挙で、自民、公明、希望、維新、と保守政党がずらりと並ぶことで、
日本のリベラル(つまり、反戦、反軍事、社会正義の実現、などを是とする)潰しは、ほぼ完成してしまうでしょうね。。
自民対都民ファーストの都知事選の際、はっきり書きましたがこちら;)
あれを「紅勝て白勝ての紅白戦」、というのと要は同じで、
この4党の違いは、要は手順の違いのみ、です。
まったく違う主張に対しては、
例えば米軍基地を日本からなくす、とか、
軍事力拡大反対、とかいう政党が出てきたら、
この4党はいつでもひとつになれる。ひとつになって、潰しにかかることができる。
だって、本質的な違いはないわけですから!
そんなの、いわば派閥闘争、単なる内輪の権力闘争に過ぎません。(自民対都民ファーストがそうだったように;)
そうすると、現状、残るは共産、立憲民主党、社民党、以上、ですか。
日本の議会には、大きくいって、本質的にはひとつの大政党と、実際にはなんの力もない小政党以外ない、
つまり、実質ひとつの政党しかない、ということになる。
そして、ひとつの政党しかない、というのは勿論ファシズムの基本、です;)

ここまで来れば、今回の選挙、リベラルにできることは、限られています。
ひとつは、まず、どんなに小さくても、リベラルの火を消さないこと。
そして臆さず自分の考えを表明し続けること。

日本には揺らぎないリベラル、つまりたとえば、反戦、反軍拡、社会正義の実現、等々をぶれなく支持していく、という人は、
現状1−3割程度しかいないですよ。
リベラルが力を持つには、浮動層、このネット社会では、ポピュリズムに頼るしかないでしょう。
そして今は、その時期ではない。

何度も書きますが、民主制が独裁制に勝るのは、唯一、
失敗しても、やり直せる、ということ。それだけです。
失敗は、民主主義には付きもの、民主主義は、まどろっこしいものです。でも、やり直せる(笑)
国民主権が完全に骨抜きにされ、この軌道修正、リカヴァリ力が働かないようにされる恐れはあって、さすがにここは、気をつけてかなくちゃいけない。しかし、
そもそも、フェイクな保守*二大政党制*ではなく、ほんとの二大政党制も、そのため有効なのですが、
変化していく時代に対して、変化を封殺する安定性、固定性を作ることは、 それ自体が脆弱性、リスクである、ということも、ちょっと考えれば。。
。。まぁ、これは、確かに猫にはちょっと判らないかもしれませんが、人間には、判る(笑)

僕は根が楽観的だから(笑)
逆説的に、いろいろ悲観的に、こうしてロジックに詰めていくわけですが(笑)
まぁ、日本のリベラルにも、実は勝機はあるんだと思いますよ。
ひとつは、フランスの政治を見てて、思うけど、
日本の政治は、左右ともに、相対的にですが、はるかに稚拙だと思う。(フランスの政治に稚拙なところがない、というわけではないですよ!)
その稚拙さは、現在圧勢の保守にも致命的な失敗をもたらすだろうし、
所謂北朝鮮危機、
これ、確かに日本の核武装、という最悪の結果にもつながりうるものに見えますが、
(核武装が日本にとって最悪の選択なのは、説明の必要もないでしょう、つまり核武装をしたらその時から、今はアメリカを向いてる北朝鮮の核、ミサイルが一気に日本に向けられる、ということなのですから!!)

アメリカのメディアをふつうに見ていると、これ、ほんとは逆に、米軍の朝鮮半島、ひいては日本列島からの撤退にさえつなげていくことの十分にできる、
絶好のレヴァレッジにもなりうる、と思うのですが。。

既に十分長くなりましたので、そのお話は、また、機会がありましたら。。;)

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2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
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『ベルリン日和』
“A moment.” …それは《気づき》の時。
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SOURCE: http://yuichihiranaka.tumblr.com/post/166251858158

France 24 スペイン語版放送開始に思うこと。 France…



France 24 スペイン語版放送開始に思うこと。

France 24に新しくスペイン語版が加わるそうです。
France 24は、簡単にいうと、フランスが国策として、CNNに対抗して作った国際ニュース局で(笑)
そこには「このままでは世界中がアメリカのものの見方で世界を見てしまう!」というたいへんな危機感、そして、
それとは異なる「フランスからの視点を世界に提供しなければならない!」 というまぁ、大きな“野望”(笑)がその背後には、あるわけです。

これまではフランス語放送と英語放送、アラビア語放送がありした。
そこに今回、スペイン語版が加わるわけですが、
話者数からいえば、スペイン語は中国語に次いで、世界で2番目に多く話されている言語、ではないでしょうか?

しかし「CNNには負けないぞ!!」とかいっても、
ちょっと無理がアリアリ、という気がします(笑)
一体どうしてフランス、そしてFrance 24は、そんな*だいそれた*野望を抱いているのでしょう??;)

世界のフランコフォニーと、フランス語の影響力(現在と未来)。

近著『ベルリン日和』の中でも書きましたが;)
実は世界にはかなり大きなフランス語圏、所謂フランコフォニーというものがあります。
話者数ではなく、国際公用語としての、
国際的な影響力からいえば英語に次ぐ第2位。
France 24の番組参照 http://bit.ly/2wIXSW4

共通語としての勢力拡大はこれまでのところ、英語には、明らかに戦略的に負けている、という観が強いですが、その理由はいくつもあって、
そもそも英語は文法的に非常にシンプルで、短い文をどんどんブロック式に積み上げていけばいいこと、
さらには正しいフランス語(モリエールの言語・笑)を守ろうというフランス語の場合と違いどこまででもブロークンな英語になることを許容する、etc., etc. と、ぱっと考えても出てきます;)

しかし、今世紀中のアフリカの発展…経済的にばかりでなく、人口の爆発的な増加、ということを考えると、
今後フランス語の重要性は、いまの中国語のように高まってくるやもしれません。
フランス語圏、フランス語話者の人口は、いまでもアフリカがもっとも多いし、
この先数十年の間にフランス語ほど爆発的に話者の数が増える言語はない、と考えられています;)
しかも、中国語話者が多いのは、中国人がそれだけ多いに過ぎない、という点を考えると(笑)
フランス語はむしろ非フランス人によってより多く話されている。
観点によってははるかに国際的な言語だ、ともいえるでしょう;)

とはいえ現在のフランスは、フランス語を一概に共通語として世界に押し付けよう、という戦略をとっていません。
現にFrance 24も、多局多言語、フランス語以外の放送に力を入れています。
? まぁね。確かにいまさら英語には勝てない、というのはあるかも、ですね(笑)
しかしそれだけのこと、ではないのです。。;)

アメリカの“グローバリズム”とEUの“多文化主義”。

英語と違うもうひとつの点が、英語圏から始まった所謂グローバリズムに対し、
冷戦の崩壊後、アメリカの一極化、『歴史の終わり』などというデマゴジーまで流布された状況の中で生まれたEUは
グローバリズムとは異なる価値観である多文化主義を掲げ、
アメリカの一極支配に対抗する、という戦略が当初からありました。
これも『ベルリン日和』中に書きましたが、
“グローバリズム”といえば聞こえはいいが、その実質は、アメリカのスタンダードを世界のスタンダードにする、ということで、
アメリカにとっていちばん有利なゲームでした。
…そのいちばん有利なはずのアメリカでさえ、グローバリズムは得にならない、という意見がかなり前から大きくなってきている点は、考慮の必要あり、でしょう(トランプ時代も、その流れの中にあります)。。

共通言語は当然英語。みんなが必要最低限、この言語を話せるようになればいい、という考えです;)

それに対してEUの多文化主義は、多言語主義をとり、
フランス語でもなく、ドイツ語でもなく、どれかひとつの言語を全体に押し付けるかわりに、
みんなが3、4カ国語を勉強して、お互いの話せる言語の中で、いちばん都合がいいもので話せばいい、という考え方です。
…だから、91年に僕が初めてパリに旅行に行った時、フランス人はだれも英語を話してくれなかったのに、いまではどんどん英語で話そうとしていますね;)

France 24の“思想”

France 24の“野望”も、そして“戦略”も、要するにこのような世界理解から生まれています:
英語放送のCNNが事実上世界ニュースのスタンダードになる、というのはグローバリズム、アメリカ一極主義の英語支配とまさに一体、です。

それに対抗し、異なった価値観を体現しようとするFrance 24は、
フランス語放送だけでなく、英語放送、地中海の向こうで話されるアラビア語放送、そして今回スペイン語放送も始める、というわけです。

同じニュースを違う言語の複数の局で放送する、というのは何ともまどろっこしいやり方のような気もします。
判り易さや効率からいえば、アメリカのグローバリズムのほうが、よほどすっきりとして見えるかもしれません;)
もちろんそれでもフランスの視点で捉えた世界の姿を発信し続けている、という点で、
英訳した日本のローカルニュースと、あとは単に「外電」を流してる(!)、まったく意味不明のNHK Worldよりは・る・かにマシで(笑)国民の財産をドブに捨てているようなもの…というわけではありません;)

事実国際語としての勢力も、これまでのところ一方的に
アメリカに水を開けられ続けているわけで、
フランスの戦略は上手く機能していないように見えます。
フランス外務省の機関であるアリアンス・フランセーズなどが、これまた国策的に、世界各国各地に正統なフランス文化・フランス語を広めよう、とはしているのですが。。
教育を国の基幹産業として、全世界の学生を集めては、英語話者・英米シンパni仕立て上げて母国に送り返す…という英語圏の“戦略”が、圧倒的に優位に立っていますね;)

さらに多文化主義自体も、特に2015年パリ、1月、11月のふたつのISテロ以降、ひとつの危機に瀕しています。
アイデンティティの問題から容易く宗教原理主義に染まる、たとえば移民の第三世代の存在。これが多文化主義から生まれた政策と関係がないのか、
関係があるとすれば、どう手を打てばいいのか、どう政策を変えていけばいいのか。これが危急の問題になっています。

しかし、いま、アメリカはトランプ政権。
仮にこれが2期8年続いてしまったら、アメリカの自由主義社会の盟主としての地位は、ほとんどがたがたになってしまうでしょう(笑)

そうなれば、これまでのところ、無理がアリアリ、と感じられた(笑)
仏独を中心としたEUをひとつの要とした自由主義社会のあり方も、にわかに現実味を帯びて来るのではないでしょうか;)

現代アメリカ英語は独特の軽味のある楽しい言語ですが、
フランス語、あるいはドイツ語を勉強する、というのは意外にこれから、ポスト・中国語ブームとして、
いい目の付けどころ、かもしれないですね…;)



…あの夏、ベルリン。。
2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
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After you’ve gone… – What we will miss the most of Obama…



After you’ve gone…

– What we will miss the most of Obama presidency.
…どこか、あの虹の彼方に:the force of words.

バラク・オバマのシカゴでの大統領告別演説を聞きました。
まだの方は、こちらから:
「民主主義の危機の深刻さと、未来への希望」。
おそらく、この2点に要約されるaddressだろう、と思います;)

もちろん僕は、オバマが全て正しいことをした、とは思いません。
明らかに誤った選択もあれば、あまりに不十分だったこともある。
保守の立場からのみならず、
前回ポストで上げたチョムスキーのように、
プログレッシヴの立場からも、数々の批判があるでしょう。
なんといっても政治家です。
嘘もあれば、妥協も数多あったでしょう。

が、しかし、、ですよ;)
この人くらい、“正論”を吐き続けた米大統領、というのも、
まぁ、ちょっとほかに例がないでしょう。
そのため、政治家ではなく講義を垂れる学者のようだ、
理知的で冷たい、という批判も常にありました。。

“本音”こそが最も“真実”に“近い”重要なものであり、
“正論”などというのは、“モノの判った大人”から見れば冷笑すべきものに過ぎず
「理想」*ごとき*は一種の*寝言*でしかない…
というのが、日本の封建的な“伝統”に根ざす、
地に足の着いた“粋な大人”の常識だ、という考えもあるでしょう。。

But again - だがまたしかし、、です;)
アメリカ大統領、という、オフィシャルには、オープンには、
世界で最も強大な権力の座に就いている人が、
ここまで正論を吐き続ける、というのはタダごでとはない。
吐き続ける本人にとってそうである、あったのみならず、
それを聞き続けるアメリカ人、
世界の全ての人々——少なくとも、世界の全ての英語の判る人々、
とりわけ子どもたちにとって、
それは、“タダこと”ではなかったのです。
もしかしたら、こんなことは、もう二度と起こらないかもしれません。。

…“正論”とは、なにか。
それは、*赤*は*赤*であり、*青*は*青*である;
*りんご*は*りんご*であり、*朝日*は*朝日*であり、
*未来*は*希望*であり、*正しいこと *は*正しい*のであって、
たとえ全世界がそれを否定したとしても、
*正しいこと*とは永遠に、昨日も、今日も、明日も、
未来、永久に、普遍的に、*正しいこと*なのだ…
ということです;)

そこで僕は、
2014年のホワイトハウス・コンサート第1曲目を歌い出す前の、
パティ・ラベルのことばを思い出したのです:
パティ・ラベルは、ここで招いてもらったこととあわせ、
オバマのプレジデンシーへの感謝を述べます。曰く
大統領は、このホワイトハウスを、
ずっと長い間だれも私たちを連れて行かなかった場所へと連れて行ってくれた。
どこか、あの虹の彼方へ…。
…もちろん、これはショービジネス、
歌いはじめる曲「虹の彼方へ」の導入、です。
にしても、ややちょっと大げさなのではないか。。
最初にこのコンサートを見た時は、僕もふつうにそう思いました:)

しかし、いま、まさにそのWhite Houseの主が、“アダムス・ファミリー”になろうとしている今日(笑)
Patti LaBelleのこのことばは、あながち誇張でもなかったか。。
と思えるのです;)
Here we are now, 8 years after, letting an “Addams Family” move into this same house, I kinda wonder if what Ms. LaBelle said was not that exaggeration as I thought when I heard it first time: Pres. Obama took this wonderful house called the White House, and all of us, to “somewhere over the rainbow"… ;)

今度の大統領は、本質的な差別主義者ですが、
それは思想信条に基づくものではなく、パトロジーで、
プラクティカルには、自分の得になることは、何でも受け入れます。
その*自分の得*の延長に、*アメリカの利益*があり、その遥か彼方には、*全人類の幸福*も、順当にあるのかもしれません…。
その意味で、いくらでもネゴシアーブル、交渉可能です。
「これはまた、結構な人が大統領になった…」
と、ネゴシエーションに自信のある人たちがほくそ笑んだとしても当然です(笑)
また、結果的に、プラクティカルに、この大統領がいいポリシーを選択し、実行していく可能性も、もちろんあります。

しかし、ひとつだけ確実なのは、
この先少なくとも4年間、
*アメリカ大統領*のことば——ことばの力に、
世界は、感動することはないでしょう。
バラク・オバマ去りしあと、
僕らが失う最も大きなものは、
いちばん残念に、懐かしく思い起こすのは、
おそらく、この感動ではないか…と思うのです。

…というわけで、このポストのコンクルージョンとして、
最後にその2014年のホワイトハウス・コンサート
パティ・ラベル「虹の彼方に」を聴いて下さい:)


Patti LaBelle sings ‘Over The Rainbow’ at the White House concert - Women of Soul - 2014

Patti LaBelle & The Bluebells - Over The Rainbow

#if a teeny weeny bird can get up and fly over the rainbow, why oh why can’t I ?


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World without Prince.…プリンス。それは、ひとつの《可能性》だった。 (Photo:…



World without Prince.

…プリンス。それは、ひとつの《可能性》だった。

(Photo: http://amsterdamnews.com/news/2016/apr/21/remembering-prince-music-superstar/ )

どうしようか、と思ったのですが、やはりこのポストは立てておくことにします。

ここ数年、80年代を代表した、アメリカ・ブラック・ミュージックの巨星が奇しくも相次いで世を去りました。

いうまでもなく、Whitney、Michael、そして今回のプリンス、です。

Michaelの場合は芸歴が長いですが、いずれも'80年代の期待の星だった人たちで、夭折というわけではないけれど、まだまだこれから後半生の活躍を当然のように期待されていた、
そういう意味で、若すぎる死だった、ということも共通し、同じくその意味で相通ずる衝撃を与えた、ということもいえます。

TwitterFacebookで僕をフォローして下さっている方は、 Whitneyの時の僕の動揺ぶり、というのをあるいはお気づきかもしれませんから、
またか。。とお思いかもしれません;)
いや、WhitneyやMichealの時とはまた違う、などといっても、
うんうん、それが悲しみの本質、ってもんだよ、
と納得されてしまうのでは、とも思います;)

しかしここにはやはり、ひとつ、質の違うなにかがある。
その辺りを書き残しておきたい、と思うのですが。。。

見ていると、意外なことに、プリンスの死に対する反応は、Whitney、Michaelの時以上に、さらに深く、強いようにも感じます。

いや、意外、というのは、あれだけの大スターで、あれだけの仕事を残した人ですからおかしく聞こえるかもしれませんが、
あるいはこれは、僕のだけの個人的な印象ではないかもしれません。

僕は、プリンスは、まず音楽がすごいと思うし、同時代の天才、といえばおそらくいちばんに、プリンスを挙げるくらいでした。
けれどこうなってみるまで僕自身気づかなかったのですが、じつはプリンスという存在は、MichaelやWhitneyのような、時代を代表するスター、というよりも、
同時代の、プリンスの音楽に触れた人、全てのあり方やものの考え方に、根っこから関わってくるような、そういうものだったように思います。

様々な思い出に結びついて懐かしく、いつも頭上に燦然と輝いていた存在、というより、もっとパーソナルに、つまり自分自身の内面や、世界認識に関わっていた、といってもいいかもしれません。

だからこそ、この逝去に対する静かな、しかし思いがけないほどの熱い反応が生まれてきたのだなぁ…と思うのですが。。
このあたりがなかなか日本、というか、日本語圏というかでは、うまく伝わっていないのではないでしょうか。

CNNのDon Lemonは、プリンスの最大のメッセージは、
It’s OK to be different
だった、と簡単にいっていました。

続けてみていると、ほかにもいろいろなアンカーやゲストたちが、ばらばらに、それぞれの番組で、
ハンサムだけど、一般的なハンサムじゃない、
セクシーだけど、所謂セクシーなタイプとは違う、
歌はもちろんうまいけど、JBみたいな意味で、いい声を持ってるわけじゃない、、、
などと、口々にいっていました。

アメリカのアフリカ系の男性で、ゲイじゃないのに化粧をする人はいない、とも;)

そもそもPurple Rainに先立つControversyアルバムで、

Am I black or white, am I straight or gay?

と、マイノリティ・グループにさえ同一化できない自分、
どこにも属することのできない自分、というものを歌っていたプリンスです。

↓↓のtweetにインクルードされたヴィデオでは、そのことを、Don Lemonがやや落ち着いて(それでもまだ興奮しながら;)話しています:

…このDon Lemonというアンカーに僕が気づいたのは、当時真面目にCNN intlを契約視聴していたところ、たまたまWhitneyの逝去が週末で、まだやや控え的に、週末を担当していたこの人が、そこからほぼ丸一日に近いフル・カヴァレッジを一人でやった、
そのいちばん最後に、I hope we’ve done. 的な簡単なひと言で、全体を締めくくったのですが、それが僕には、
自分たちにできるだけのことはやり切った、そう思いたい、
というようにも聞こえ、
非常に印象に残り、以来時々気をつけて見ている人です;)

天才、といった時、典型的に僕が連想するアーティストの一人が、ピカソです ー というと、これまたごくごくありきたりなチョイスですが;)
僕がほんとにそう思ったのは、'90年初頭代に、パリのピカソ美術館 Musée Picasso (Paris) へ行ったから:いまのピカソ美術館と比べると、圧倒的に展示スペースが少なく、圧倒的に展示作品数が多かった(笑)
質、量、アイディア、全てが桁外れに、とどまるところなくどんどん溢れ出す、
ほんの数メートルの間にクロノロジックに、圧倒的なヴァライエティが、
毎年毎年、ひとつのエピックと呼びたいくらいに独自な作品群として、
しかも圧倒的な量で、めまぐるしく生まれ、惜しげもなく変わり、どれも、みんな面白い。
もう、見るものを、出し惜しみのない、いや、そんな必要全くないし、不可能な、文字通り、天才の軌跡で打ちのめすような、当時のパリの美術館でした。

こんなこと、常人にはできるわけがない。
つまり天才、というのはある種の《例外》で、
プリンスの場合も、まず音楽からいって、R'n'B、ソウル、ファンク、ロック、ダンス、クラブ、といろいろいってみても、どれにもしっくりとは当てはまらない。
それ自体が既に、まさに天才の発現、ではあるのですが、
その結果、逆に、
R'n'Bって、ソウルって、ファンクって、と説明しようとすると、
すぐに「でもじゃあ、プリンスの場合は?」という反問が浮かんでくる。
それがさらに広がって、
ブラック・ミュージック、アメリカのポップ・ミュージック、
アメリカのアフリカ系のカルチャー、アメリカのポップ・カルチャー、
と考えて行っても、「でも、プリンスは?」という問いかけが、常に割り切れない部分として後に残ってくる…。
ということは、プリンスという一人の《例外》のために、そこまでの考え、常識を全部変更しなくてはならなくなる、ということで、
それはつまり、その分、
プリンスがいた分、確実に、世界が広くなった、
ということです:
待てよ、でもプリンス、っていう場合だってある。
そう考えられる、ということは、ひとつの大きな可能性、だったのです。

もっと日常的な、コンクリートな例でいえば、
こうだから歌が上手い、こうだからダンスが上手い、こうだから格好いい、こうだからセクシー。
そういう常套的な価値観をみんな、
だって、そしたらプリンスは?
この問いかけでチャラにしてしまう。
その意味で、人の精神、エスプリを、ひとつ、確実に自由にすることのできた、それがプリンスで、

It’s OK to be different.

というのは、つまりそういうことだと思うんですね;)

また、プリンスには、出し惜しみがない、という《天才》のキーワード↑↑もほんとうによく当てはまりました。

だいたいダブル・アルバム、というのは屢々ありますが、だったら例えば3枚組、というのはすごい、もちろんさらにすごい、
でもやり過ぎというか、一体何がやりたいのか、というか《???》。。というか(笑)
常人にはやや理解しかねるところがありませんか;)

プリンスという名前を使わせなくしてしまう、などといった時期もありましたが、あれだって、とても現在世界に氾濫している目先の金儲けのためのマーケティング、ということでは理解しきれないものでした。到底ポピュラー・ミュージックをやりたい人の発想ではない。
しかもプリンスというのは、本当の自分の名前、親のつけた本名らしいですね…。

さらにアルバムにタイトルを付けない:)

…Black album、と呼ばれておりましたが;)

名前同様、アルバムタイトルを、発音不可能なものにする:)

…通称アルバム名、Love symbol;)

問題のトリプル・アルバム、というのの誕生も含め、このあたり、背景にレコード会社との契約の問題があったとも、今回の逝去の大量のアメリカTV報道の中で改めて説明されていました。
しかしそれに先立つ10数年前に、既に4枚組(!)をものしていたことを忘れてはなりません(笑)

…さらにこちらも4枚組。

…出し惜しみない天才ぶり、などと形容したくなるのも、お判りいただけるのではないでしょうか。。

音楽も、文学についてもそうですが、僕は作品を聴いたり読んだりする、ということにまず興味があり、たいていの場合はそれで満足してしまいます。
アーティストの伝記的な事実、というのにはほとんど関心がなく、基本的にどうでもいい、と思っているのですが(笑)

…アーティストについて、こういう人生を送ったからこそこういう作品を作った、というのは完全に非科学的な(論証・反証不可能な)結果論に過ぎない、こじつけの場合がほぼ、全て、です;)

だからこそかえって、というか、いざ好きなアーティストのバイオグラフィーを読むとほんとに面白いなぁ、と思います(笑)
つまり、僕にとってエピテクストは、ほんとにいい意味で《おまけ》なわけです。
そういうわけで、今回も、プリンス逝去の報道の中で、初めていろいろなことを知りました。

プリンスが、自分の、ひいてはアーティスト全般の権利を守ることに、非常に意識の高かった人であることは有名だったし、
↑↑のアーティスト名を使わせない、アルバム名をつけない、読めないアルバム名をつける、というのもみんな、特に版元、レコード会社・レコード会社との契約との闘争の姿勢の現れであることは、容易に想像がつくでしょう。

名前のないアーティスト、アルバムを、どうやってレコード会社は販売すればいいのか。
作品をコントロールする力は作品の作者、アーティストにこそあるのだという強烈なマニフェスタシオン、示威行為はないでしょうか。

こういう有名な写真もあります:

(Source: http://theconversation.com/how-princes-quest-for-complete-artistic-control-changed-the-music-industry-forever-58267 )

SLAVE=奴隷、とステージで自分の顔に書き記すのも、レコード会社、音楽ビジネスに対する痛烈な批判です;)

デジタル・コンテンツの世界にパイオニア的に切り込んだ観のあるプリンスが、デジタル時代のアーティストのviability、
どうやってこの時代をアーティストとして生き抜いて行くか、ということを先鋭的に考えていたことも、改めてよく判りました。

これではアップルとgoogleとamazonしか金が稼げない仕組みになっている、
と僕が再々くり返しているのと、完璧にidentique、同じ批判をしていた、というのみならず、
(…こちらも参照。)
その一方で、若い人がappを自分でどんどん作れるよう、プロジェクトを財政面でサポートしていた、など。

今回僕がいちばん考えたことは、ひとつ、そこで、やっぱりデジタル・コンテンツにまじめに取り組まなくちゃなぁ、ということ。
お金にならないから、とめんどくさがらずに、やはり、どうやってデジタルと関わって行くべきなのか。
これは、ほんとに考えさせられました。

でその結果、何をしたか、というと、とりあえず、twitterとinstagramを非公開アカウントにした、というだけなんですけど(笑)
どうしてそうなるかは、少しずつかたちにして行ければいいなと思います;)

どんどん登録して下さい!Twitter ; instagram

…ということで、このポストの締めくくりとしては、やはりこの1曲を聴いていただきましょう。

とにもかくにも、プリンスはこの世を去りました。
Whitney、Michaelと来ても、またしても、まったく予想していませんでした。迂闊、というほかないでしょうが、
プリンスが存在する、ということは、僕にとって、
じつはそれほど当たり前だった、
世界というのは、常にプリンス込みで、プリンスを勘定に入れて、
(つまり、先に書いたように、ひとつの可能性として)
考えられるものだったのだなぁ、といまにしてしみじみ思います。
しかしプリンスによって、プリンスがいたことによって、
確実に広げられたこの世界は、
たとえプリンス自身はこの世を去っても、
永遠に、プリンスの分、広くなって、そのままなのです。

Prince Rogers Nelson (June 7, 1958 – April 21, 2016), R.I.P.


(Source: https://youtu.be/F8BMm6Jn6oU )

初めてのプリンス、なら ベスト盤 Prince - Hits & B-Sides

#RestInPurple


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#presidential2016 : Hillary…



#presidential2016 :
Hillary Clinton側がTrumpのネガティヴ・キャンペーンに反撃したものです。
https://www.youtube.com/watch?v=jr62NhIVwLM

…これが面白いのは、やはりまずこちらのトランプによる攻撃をふまえてこそ、だと思うので、同時にクリップしておきます:

米大統領選のTV広告、といえば、これ、僕はまったく知らなかったのですが、、今年の選挙戦にもそのまま当てはまるんじゃないか、ということで紹介されていた、こちら。

確かに今日の状況に、さらには日本にも当てはまる部分がいろいろ多く、 考えさせられるのですが
特に印象深いのは、

“If you unite behind a man you don’t believe in, it’s a lie.”

即ち、信じることのできない人物を支持するというのは、嘘をつくことである、
ということでしょうか。

http://www.livingroomcandidate.org/commercials/1964/confessions-of-a-republican

トランプ候補に類する、ポピュリズム系の政治家は、今日の経済中心、消費主義大衆社会でも、また一際大きな力を持っています。
ひとつ思うことは、この種の人たちを支持する人たちの中に、少なからずインテリと自負する人がいて、
そういう人たちは自分のほうが、例えばトランプよりもどちらかといえば頭がいい、と思ってるのではないか、ということです。
確かにそうなのかもしれませんが(笑)
その人気を利用して、彼らを有効に使えばいい、という理屈自体はまぁ、その通り、なのですが。。。
1手も2手も先を読む、あるいは、裏の裏をかく…などということは、
人対人、1対1の勝負、程度ならまだしも、
または、試験のように、正解があらかじめ存在・設定されているものはともかくとして、
それ以外、ほんとはあまり上手く行きません。
特に政治や経済の話で、正しい分析、なんていうことは、
結果論以外、9割9分9厘、ないんじゃないでしょうか(笑)

結局、政治家については、能力においても、人格においても、最善と思われる人を常にぎりぎりのところで選び続けていくしかない、
これもまた、90年代前半、『シンプルな真実』(角川書店、95年刊)以来の、僕の見解です;)

↑↑が取り上げられていたのは以下の番組で、歳月を経た、この広告の本人が登場してのコメントも、実にエモーショナル。

Did ‘Confessions of a Republican’ ad predict 2016 race?
http://cnn.it/1psdMMt

…ついでに、こちらは有名な広告、“Daisy”ですが、
これも↑↑と同じ、1964年、民主党ジョンソン支持の広告でした。 

http://www.livingroomcandidate.org/commercials/1964/peace-little-girl-daisy#3983


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Photo



SOURCE: http://gifsboom.net/post/133136680509